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起業家ライブラリ

志村 駿介 氏

『障がい者にやさしい街づくり。』を通して、多様性を認め合うインクルーシブ社会を実現する

志村 駿介 氏

代表取締役
会社名株式会社Lean on Me(リーン オン ミー)
ウェブサイトhttps://leanonme.co.jp
事業内容・障がい福祉専用 eラーニング研修『Special Learning』
・知的障がい福祉に関する情報発信サイト『フレンドカンパニー』の運営

障がい福祉における教育促進をめざすeラーニング研修『Special Learning』

日本国内における障がい者の総数は964.7万人となっており、増加傾向にある(※1)。現在、障がいのある人々をサポートする支援施設は全国に約14万件あり、約100万人のスタッフが現場で活躍している。

そのなかで、大きな社会問題のひとつになっているのが、障がい者への虐待だ。
厚生労働省は、障がい者への虐待状況を毎年調査している。その数は増加の一途をたどり、2020年度に発表された調査(※2)では、親や家族など養護者による虐待は、相談・通報件数が6,556件、うち虐待と判断されたのが1,768件。障がい者福祉施設などの職員による虐待は、相談・通報件数が2,865件、虐待と判断されたのが632件と、いずれも過去最多となった。

「この数字は氷山の一角で、実際にはもっと多くの虐待事案が潜んでいるのが現状です」と語るのは、『障がい者にやさしい街づくり。』を理念に事業を展開する株式会社Lean on Meの代表取締役 志村駿介氏。自らも知的障がい者支援施設で働いていた経験から、虐待が起こる大きな要因は知識不足だと指摘する。

「たとえば、車いすに乗った人がいれば、特に専門知識を持たなくても相手が何に困り、どう手助けすれば良いのか、ある程度察知することが可能です。しかし、知的障がいや精神障がいのある方はその困り事自体がわかりにくく、対処の方法も一定の知識がないと判断が難しいケースが多い。一方で、障がい福祉サービス事業所は、介護福祉士やサービス管理責任者など資格保有者の人数がそれぞれ定められていますが、実際に現場で働いている人の多くは、資格を持たない非常勤スタッフです。知識面に不安を抱えているにも関わらず、24時間365日の介護が必要な現場では、教育・研修に割ける時間も少ないという現状が、深刻な虐待問題につながっているのではないでしょうか」

そんな、障がい福祉における課題解決に向け、志村氏が打ち出した事業が、障がい者支援者向けのオンライン研修サービス『Special Learning』だ。場所や時間が制約される従来の集合研修や対面授業とは異なり、スマートフォンやタブレット型端末、パソコンがあれば、いつでもどこでも学ぶことができる。しかも、教材コンテンツは1本あたり3分ほどの動画。難しい資料を読み込むこともなく、誰もが理解できるようポイントを押さえた学びを可能にした。

株式会社Lean on Me

2016年にサービスをローンチしてから6年。導入実績は、全国の自治体・福祉施設・福祉協会などで1,400以上の施設、ユーザー数は37,000人に登り、その輪はさらに拡大している。

出典:
※1 内閣府令和3年版「障害者白書
※2 厚生労働省「報道発表資料

知的障がい者支援の現場経験から着想した、新たなビジネス構造

学生時代、プロのテニスプレーヤーをめざしていた志村氏は、大学3回生になり改めて将来を考えた。保健体育の教員資格の勉強はしていたが、ダウン症で知的障がいのある弟と母の3人暮らしであっため、“家族に何かあったとき、経済的な面でも助けられるような、ゆとりのある大人になりたい”と思うようになった。そこで浮かんだのが、起業家の道だった。

「とはいえ、やりたい事業は見えていなくて、まずは経営について学ぼうと飲食店で勤務しました。比較的少ない資産で始められるIT分野で起業しようと考え、パソコンの勉強も始めました」と志村氏。それと同時に、知的障がい者の支援施設で働いていた母親を手伝うため、アルバイトとして障がい者支援の仕事もスタートした。この飲食店と障がい者支援の現場という、2つの職場を経験したことが、志村氏の方向性を大きく決定づけるきっかけとなった。

株式会社Lean on Me

「私が勤めた飲食店は、全国にチェーン展開する大手企業で、行動すべてにしっかりとしたマニュアルがあり、どんな人でも均質なサービスを提供できる体制が整っていました。一方で、障がい者支援施設にはほとんどマニュアルがなく、アルバイトとして勤務した当初は何をしていいのかさえ分からず途方に暮れました。さらに、その施設は重度の知的障がい者が多く、知識も経験もない自分では利用者さんとコミュニケーションを取ることも難しい状態。先輩も忙しそうで、質問すらなかなかできませんでした。この2つの職場の大きなギャップに衝撃を受けたのが始まりでした」

障がい福祉の現場で働く人たちが、誰もが無理なく学べる研修システムをつくろう――そんな思いから、『eラーニングによる障がい福祉専用の研修サービス』という事業構想を打ち立てた志村氏。2014年には株式会社Lean on Meを立ち上げ、まずは飲食店のホームページ制作に携わりながら障がい者支援施設での現場経験を積み重ね、自身の知見を深めながら準備を進めていった。

そして、本格的に教育コンテンツの制作に取りかかるため、2015年に障がい福祉先進国であるアメリカへ渡り、1か月間オレゴン州にある障がい者支援施設で支援を実践。帰国後は、プログラム開発を進めると同時に、障がい福祉業界における有識者との人的ネットワークを構築すべく、全国を飛び回り自らの想いを伝えていった。

福祉先進国アメリカで見えた、日本社会の進むべき方向性

「アメリカで学んだことで、日本の福祉が抱えるさまざまな課題が見えてきました。最も大きな違いは、アメリカでは障がいの有無の区別なく、すべての人がそれぞれの多様性を認め合い、一つの社会のなかで当たり前に暮らしていく『インクルーシブ(包括的・排除しない)な社会』が進んでいることです」

「知的障がい者の社会参加支援の一貫で、その方がいつも利用しているというスポーツ施設に同行しました。ところが、入館に必要な暗証番号を忘れてしまい、入れないということがあったのです。日本であれば、すんなりとスタッフが通してくれそうな場面ですが、現地のスタッフはただ通すのではなく、番号のヒントを与えながら本人が思い出せるように辛抱く誘導していたのです。介護のプロでもない人が、自然に障がい者に寄りそう姿を見て、“社会のなかで当たり前に共存するとはこういうことなんだ”と思いました。助けることで、失敗から学ぶチャンスを奪ってしまわないように、一緒に考えたり行動するなかで、本当に必要なサポートをする……1人ひとりがそういう意識を持つことで、誰もが生きやすいインクルーシブな社会につながっていくのだと痛感しましたね」

株式会社Lean on Me

また、障がい者支援という仕事はライセンス制になっており、重要な使命と大きな責任を持つステータスの高い職業になっていることも、障がい福祉の質向上を実現していると志村氏は考えている。

帰国後、アメリカから持ち帰った情報やノウハウをもとに日本の法律や制度に合わせた内容にカスタマイズし、2016年、eラーニング研修プログラム『Special Learning』が完成。本格的な事業展開をスタートさせた。

インクルーシブな社会をつくる技術=『インクルTech』を未来に向かう武器として

eラーニングは、一般企業でこそ浸透していたものの、障がい福祉業界では認知度が低く「うちには合わない」と拒否されることが多かった。しかも、「当時のeラーニングは延々と講義内容を動画で流したり、PDF資料を見てテストに答えるようなものがほとんどで、退屈でつまらないというイメージが否めなかった」と志村氏は言う。

そのイメージを払拭するべく、『Special Learning』の教材は、1本3分程度の動画コンテンツを中心に制作。日本の障がい福祉業界を牽引する著名な先生方に協力をいただくことで、制度や仕組みを分かりやすく伝えるとともに、サービス内容の信頼度を高めた。

株式会社Lean on Me

一方で、人々の意識や社会の在り方を変えていくために、事業と並行して、知的障がい特性に関する情報発信サイト『フレンドカンパニー』を立ち上げ、啓蒙活動も開始。さらに、自分たちの事業や取り組みを広め、企業としての認知度を高めるために、ビジネスコンテストにも積極的に参加した。

それらの地道な努力がじわじわと成果につながり、事態が大きく動き出したのが2020年。新型コロナウイルス感染症の拡大を背景に、従来の対面型、集合型の研修が出来なくなり、リモートで受講できるeラーニング研修の必要性が注目され、導入数が一気に拡大した。

実際に利用したユーザーからの反響も大きく、「隙間時間に学べるから本当に助かる」「ポイントを絞ったコンテンツだから、内容が頭に入りやすい」「キャリアやスキルに応じて、学ぶコンテンツを自由に選択できる」といったコンテンツに関する満足度の高さはもちろん、ユーザーアンケートでは「自分の支援が虐待にあたる行為かどうかを意識するようになった」と現場職員の82%が答えており、虐待の防止効果の手応えも感じられるようになった。

そんな自分たちの事業を通し、志村氏は『インクルTech(インクルージョン+テクノロジー)』という新たな概念を確立。テクノロジーを武器に多様性の包摂の実現をめざし、社会が抱える課題解決に果敢に挑もうとしている。

めざすのは、すべての人が認め合い、当たり前に暮らせる社会

全国各地で数多くの施設やユーザーが『Special Learning』を活用しているが、「まだまだ十分ではない」と志村氏は言う。

「今一番の課題は、介護の現場から少しでも早く虐待などの哀しい事態を減らせるよう、サービスの普及をもっとスピード感を持って達成していきたいと思っています。そのため、より現場に即した実用性の高い教材コンテンツを作り続けるのはもちろん、契約に至る要素をしっかりと分析・明確化し、さらに効果の高い販促戦略を打ち出していくことです」

そう語る志村氏にとって、事業の成功は一過程に過ぎない。その先にあるのは誰もが障がい特性について当たり前に知っている環境をつくり、障がいのある方が社会に融和して暮らせるノーマライゼーションの実現、つまり『インクルーシブな社会をつくる』ことだ。

「日本の障がい福祉における課題や問題は山積みで、打開せねばならない壁はいくつもあります。そのためにも、まずは目の前の事業を成長させ、組織を拡大させることが重要。本気で社会を改善していきたいですから」

笑顔で力強く話す志村氏の想いは、見本の未来へと続く確かなビジョンを描き出そうとしている。

株式会社Lean on Me

取材日:2022年7月26日
(取材・文 山下 満子)

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