アフリカ農村部を悩ませる水の問題
国連のホームページには、SDGsの6番目のゴール『安全な水とトイレを世界中に』について次のような説明がある。
“少なくとも30億人が、水質管理されていない水で生活している”
“このままでは、2030年に16億人が安全な飲み水を得られない”
蛇口を回せば安全な水が出る日本では想像しにくいが、世界を見渡すと衛生的な水を安定的に得られる地域は少数派といえる。アフリカ東部に位置し、ヴィクトリア湖の北に広がるウガンダも水の問題を抱えた国のひとつだ。ウガンダは農業の盛んな国だが、大半の農村地帯は水道が整備されておらず、今も生活用水を井戸水に頼っている。だが、そのこと自体が問題なのではない。問題は、井戸水を汲み上げるポンプにある。
手でレバーを動かして井戸水を汲み上げるハンドポンプは、年月とともに破損などで使えなくなる。その修理費用は地域住民でお金を出し合って賄っているが、お金が集まらずに壊れたまま放置されるケースが多い。そのため、井戸が壊れた地域の住民は別の井戸まで何kmも歩くことになる。農村においてその仕事は女性が担うことが多く、道中で危険な目に遭うことも少なくない。バイクを持つ人に水汲みを頼むこともできるが、その場合は高額な代金を支払うことになる。溜池の不衛生な水を利用した結果、下痢が蔓延し、子どもの命が危険にさらされることもあるという。
問題の源は貧困ではなく不公平
井戸の修理費用が集まらないのは貧困が原因かというと、そうではない。農村部の住民たちは、水よりもはるかに高額なスマートフォンを所有している。実際の理由は、費用の回収方法に起因する不公平だ。
通常、井戸は行政によって設置された後、各地域の代表者で組織する井戸管理委員会によって管理される。先述の修理費用は委員会が各家庭から回収するが、家庭によって使用量が異なるにも関わらず一律の金額を支払うことへの不満や、集めたお金の管理に対する不信感によって、支払いを拒む住人が多いのだ。そのため費用を回収する委員会の心理的負担も大きく、結果として井戸の適切な維持管理は難しくなってしまう。
この問題をデジタル技術で解決しようと奮闘しているのが、日本のスタートアップである株式会社Sunda Technology Global(以下、Sunda)だ。同社のアプローチは、『ウガンダで一般的に使われているモバイルマネーを活用し、ポンプに取り付けた水量計と連動して自動決済する』というもの。各家庭に配布されるIDタグをポンプに差し込むと、そのIDに紐づいたユーザアカウントにチャージされた水残高から、汲んだ水の量が差し引かれる仕組みだ。
「Sundaとは、英語のpump(ポンプ)にあたるウガンダの言葉です。弊社のスローガン『Pump up Water, Pump up Africa』には、『水をくみ上げて、アフリカを元気にする』という意味が込められているんです」
そう語るのは、創業者で代表取締役CEOを務める坪井彩氏。坪井氏はなぜ、日本から11,000kmも離れたこの地で水の問題に取り組むようになったのか。
課題に挑むなら、現場に行く必要がある
坪井氏は京都大学大学院を経て、2013年に大手電機メーカーのパナソニック株式会社(以下、パナソニック)に就職。データ分析コンサルタントとしてキャリアを積んでいたが、2016年に世界の社会課題とビジネスを結び付ける社内ワークショップに参加したことで転機が訪れる。
年に一度、外部講師の講義を聞いたりWEBでリサーチしたりしながら世界の社会課題を調べ、それらを解決するプランを考えるというものだ。
「2年目に参加したときのターゲットがケニアで、そのとき初めてアフリカという地域に興味を持ちました。そのワークショップでは、簡単な病気でも命を落とす人がいる状況を遠隔医療で解消するようなプランを考えていました。その後、事業化に向けて動いていたのですが、やはり現場を知らない状態でいくら計画を煮詰めても説得力のあるプレゼンができず、形にはなりませんでした」
“やるなら、現地に行きたい”という思いが芽生えた坪井氏に絶好のチャンスが訪れたのは2018年のこと。途上国支援の人材を育成する社内プログラムの一環で、JICA海外協力隊の活動への参加募集があったのだ。迷わず手を挙げた坪井氏の派遣先がウガンダで、取り組んだのが水の問題だった。
「地方で水を管轄する事務所に配属され、井戸の管理問題や農村の収益向上などに取り組みました。井戸の問題はそれ以前も解決に向けた動きがあったのですが、現地で話を聞いてみて“どれもうまくいきそうにないな”という印象でした。ヒントになったのは、住民たちとの会議で出た“一律の金額は不公平”、“集めた現金の扱いをどうするか”という意見で、そこから『モバイルマネーを活用した従量課金制』というコンセプトが生まれました」
そこから坪井氏は、アイデアを実現してくれるエンジニアを探した。はじめは日本で探そうとしたが予想外に時間がかかったためウガンダで探したところ、金属加工などが得意なエンジニアと出会う。現在もメンバーとして共に働いている仲間だ。帰国後、坪井氏はパナソニックの業務に戻りつつ、現地ではエンジニアがプロダクト開発を進めるという形でSundaの原形ができ上がっていった。
2020年、坪井氏は株式会社Sunda Technology Globalを設立。しかし、実はまだ本格的な起業の決心はついていなかったという。
創業メンバーと、左からエンジニアの田中氏、エンジニアのKasozi氏、エンジニアのSsebina氏、代表取締役CEOの坪井氏
「将来的に助成などを受けることを考えると早めに登記した方がよいので、その時は試しに設立したという感じでした。最終的にSundaに人生を賭けようと決断した決め手は、2021年に第6回日本アントレプレナー大賞をいただいたことです」
満を持してパナソニックを退職した坪井氏は、いよいよ拠点をウガンダに移し、事業を本格化する。
課題が多いのに取り組む人が少ないアフリカ
日本から遠隔で進めるのと現地に腰を据えるのとでは、やはり事業の進捗に大きな差があった。ウガンダで活動を始めると、実際にプロダクトを使う住人との接点が増えるため、開発も加速。さらに、現地の展示会に出展したり、水に関するフォーラムに参加することでアピール活動もかなり進んだという。
現在、Sundaのユニットを設置した井戸は150基ほどに増え、計画に沿って順調に拡大しているが、今は数を追うよりもビジネスの精度を上げることに注力している。
「現状のプロダクトには、メンテナンスのコストをもっと下げないとビジネスとして回らないという課題があります。他にも量産に向けた体制や、住民へのサービス体制などをまずはしっかり整えて、将来の事業拡大に向けた土台を築いている段階です。クラウドファンディングも含めて、大きめの資金調達にも今年は挑戦したいですね」
「また、このビジネスは水問題の解決だけでなく、アフリカでの雇用創出という目標もあります。理想を言えばすべてウガンダ内で製造したいのですが、どうしても作れないものは日本や中国などから調達し、可能な限りウガンダの作業割合を増やしていきたいと思っています。そのための技術指導などは、時間をかけてでもやっていきたい」
事業としては、まだ走り出したばかりのSunda。しかし、坪井氏の頭の中には明確なビジョンが既に描かれている。当然ながら、水問題はウガンダに限ったことではない。いずれは周辺の国や地域、そしてアフリカ全土の水問題を解決するのが目標だ。さらに、その先のより大きなゴールについても語ってくれた。
「世界が抱える問題は水だけではありません。だから、より多くの社会課題を解決できるようなプロダクトを開発していきたい。今は“課題を見て解決の方向性を提示し、現地のエンジニアがプロダクトを開発し、量産と品質管理を日本のエンジニアがサポートする”という形でチーム体制も整いつつあります。このプロセスがうまく回れば、日本と途上国それぞれのエンジニアを生かすことができ、それが課題解決につながる。そんな新しいビジネスの形を作っていきたいですね」
大学院時代、気象学の研究でバングラデシュに滞在し、何となく“海外で活動したい”という憧れを抱いた坪井氏。アフリカという課題の多い地域に活動の拠点を選んだのはなぜか。
「良くも悪くも、アフリカってゆるいんです。JICA海外協力隊で滞在したときにも感じましたが、居心地はすごくいいですね。でも一番の理由は、課題が多いのに取り組んでいる人が少ないこと。せっかく良いチームができつつあるので、このチームでひとつでも多くの課題を解決していきたいと思っています」
取材日:2023年1月10日
(取材・文 福井 英明)