「センサー、知能、制御系の3つの要素技術を要する、知能化した機械システム」
これは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構=NEDOが、2014年3月の「NEDOロボット白書2014」で発表したロボットの定義。ロボットというと、製造現場等で使用される産業用ロボットや災害時に人が入れないところで活躍するレスキューロボット、高齢者や障害を持つ人の支援をする介護ロボット、または人型のPEPPERや動物を模したAIBO等のサービスロボットを思い浮かべる人も多いだろう。
これらイメージとは、全く違う形状とユニークな機能で今注目を集めているのが大阪のロボット開発企業・PLEN Robotics株式会社が開発した、『PLEN Cube』だ。
「PLEN Cubeは、手のひらに乗る“ハコ型ロボット”というコンセプトで開発したもので、そのキューブ型のボディは、シンプルだけど、これまでのロボットのイメージを打ち壊す斬新さはあると思います」と代表取締役社長の赤澤夏郎氏は、説明してくれた。
具体的な機能としては、左右360度回転し、上下に30度動くヘッドにカメラを搭載し、フェイストラッキングによって対象を追跡しながら、静止画や動画を撮影可能。さらに音声認識システムを搭載し、人との会話を可能にする他、IoT家電と連動して、照明や掃除機等をリモートコントロールできる。これら機能を持つPLEN Cubeは、これまでのサービスロボット等とは、また違ったパーソナル・アシスタントロボットという新たなロボットカテゴリーといえるかもしれない。
“人とは違うことをしたい”マインドがロボット開発にのめり込むきっかけ
実は、赤澤氏の経歴もユニークだ。
実家が鉄工関連の町工場を経営していたことも影響して、小さい頃からものづくりに興味があった赤澤氏。しかし中学生、高校生になるにつれて、実家を継ぐことが嫌になり、大学では反発心から、経済学部を志望する。そして学生時代は、就職活動もせず、好きだったスキーができることから、スキースクールを運営している会社に入社。10年近くスキーの指導員として働いた。後半は、プロスキープレーヤーとしても活躍し、国内はもちろん、北米やヨーロッパ等世界の大会を転戦して回ったという。
そうして30代を迎えたあたりから、赤澤氏は将来を見据えて新たな動きをスタートする。
「“この分野は、自分の中ではやりつくしたな”という感じでした。それで就職ということも考えたのですが、気づいたら就職活動の仕方も分からないし、ツテもなかったんです。それと“人とは違うことをしたい”という気持ちが強くあって、父親に相談したところ、鉄工所を手伝うんじゃなくて、社内ベンチャー的に自分のやりたいことで起業することに。それが2004年頃でした」
当時、赤澤氏のお父さんは、大阪市の産業振興支援で、チーム大阪に参加し、ロボカップではチームの監督を務めていたことから、話は進展。ロボット開発に関わる会社設立に至る。現在もプレンプロジェクトとして存続する同会社では2年かけて人型ロボット「PLEN」を開発した。スケートボードやローラースケートができる運動機能を持ったロボットの動画を、2006年にYouTubeへアップしたところ、アメリカで数百万のビューがあるほど注目を浴びたのだった。
本社倒産の危機、自社事業の経営継続の困難も乗り越え、新たにスタート
そこから展示会出展やロボット教材として学校へ提案する等、活動している間に研究室から引き合いがではじめる。2009年には、本体の鉄工所が倒産するという困難もある中で、赤澤氏は受託開発や教育関係の仕事で、一人細々と経営を継続したという。
そんな中2011〜2012年頃から、日本でのメイカーブームの広がりを受けて、「小さい会社でもアイデア次第で自分たちで製品化し、販売しても良いんだ」という思いを抱き、自社で新たなロボットをつくる思いが再燃。そこで3Dプリンターでつくれるロボットというコンセプトの新型ロボット「PLEN2」の開発を検討。キックスターターを活用することで、1000万円規模の開発資金を集めることにも成功し、2015年にはPLEN2販売にこぎつけたのだった。
PLEN2の開発・発売をきっかけとして、赤澤氏の会社に興味を持った中国の企業GoreTec社と2016年共同出資による合弁会社を設立し、PLEN Cubeの開発が始まる。しかし、開発思想の違いからわずか1年でジョイントベンチャーを解消。しかし幸いなことに、PLEN Cubeの開発は、赤澤氏の方が引き継いで良いという円満な提携解消だったことから、より自由に開発の手を広げられるようになったのだ。
世の中にまだない新しいロボットをこれまでも、これからも生み出し続ける・・・。
ジョイントベンチャー解消後は、新ロボット会社として 、PLEN Robotics株式会社を設立。そこからPLEN Cubeの開発は加速し、まさに今も絶え間なく開発が続いている。
実際にPLEN Cubeの発表を受けて、現在はホテル業や飲食店等のサービス業での引き合いも多くなっているという。さらに、同社やPLEN Cubeに興味を持った海外の技術者が参加し、今ではマレーシア、インドネシア、フランス、カナダの人材等、約3分の1が外国人技術者に。まさにグローバルな企業へと変化し、開発力が強化されている。
最後に赤澤氏に、将来のビジョン、未来への思いを語ってくれた。
「世の人のロボットに対する期待感や需要はまだまだあると思っています。ただその期待を超えるモノはまだまだ出ていないとも。だから私たちは、今以上に開発を続けていきます。顔認識や音声認識機能等の技術面はもちろん、ロボットを活用したB to B to Cのビジネスモデルも共に磨いていきたい。もちろん、医療や介護といった分野にも展開を広げて、まだ世の中にない機能や新スタイルのロボットを創っていきたいですね。技術の進化は非常に早く激しい。もしかしたら将来、ロボットという言葉がなくなってしまうかもしれませんから。そんな中で、私たちのロボットが社名に込めた“PLEN=自然に、ありのままに”という思いのように、日常に自然に溶け込んでいる未来につなげられたら、おもしろいですね」
開発が進み、まだまだこれからが本当のスタートとも言える、手のひらに乗る小さなハコ型ロボット「PLEN Cube」。
その中には、赤澤氏たちのロボット開発にかける熱い思いと、ロボットが創り出す、未来の夢がギュッとつまっているのだ。
取材日:2018年8月28日
(取材・文:北川 学)