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金 東煜

「香り」で創る新時代のコミュニケーション。 世界初・嗅覚ディスプレイの開発で豊かな社会の実現へ

金 東煜

代表取締役
会社名株式会社アロマジョイン
ウェブサイトhttps://aromajoin.com/
事業内容香り制御装置および香源カートリッジの製造・販売 香り制御装置連携ソフトウェアおよびコンテンツの企画・開発

映像や音響に合わせ、複数の香りを瞬時に切り替えることができる世界初の技術

「視覚」に訴求する画像や映像、「聴覚」に訴求する音楽や音声。テレビやインターネットなどのメディアを通じたコミュニケーションでは、それらふたつの感覚への訴求がこれまでの主流だった。しかし近年、視覚・聴覚以外の感覚情報の研究が急速に進んでおり、メディアコミュニケーションの形を大きく変えようとしている。そのひとつとして今熱い注目を集めているのが、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)発のベンチャー企業・株式会社アロマジョインが開発した嗅覚ディスプレイ『アロマシューター』だ。嗅覚ディスプレイとは、映像や音響に合わせて香りを発生させ、今までにない情報伝達を行う装置のこと。たとえば、コーヒーを飲む映像シーンに合わせて芳ばしい香りも漂ってきたら、臨場感はより一層高まり、映像の世界観と深くリンクすることができる。まさに、夢のようなデバイスだ。

ところが、嗅覚分野の研究は「長い間立ち往生の状態が続いてきた」と、アロマジョイン代表取締役の金 東煜(キム ドンウク)氏は話す。

「香料は液体ですから、香りを出すためにはミスト状にして散布しなければなりません。そうなるとコントロールが難しい上に髪の毛や服に付着して消えにくいなどの問題点が生じ、デバイスとしての発展を妨げていたように思います」

金氏が長年取り組んできた香りの固形化と、狙った方向・範囲にだけピンポイントで香りを届けるという指向性を実現する制御技術は、従来装置が抱えていたさまざまな問題を解決し、これまで不可能だった香りの高速切り替えを世界で初めて成功。“嗅覚の革命”として、メディアコミュニケーションの新たな可能性を広げようとしている。

 

世の中にない、誰も成し得ないことこそを、自らが挑むべき開発テーマに

金氏が嗅覚ディスプレイの研究に着手したのは、北陸先端科学技術大学院大学に在籍していた学生時代に遡る。「世の中で誰もできないこと、自分しか出来ないこと、あきらめずに継続できること――それが、世の中を変える研究だ」という教授の言葉に触発され、挑戦すべきテーマを模索していた頃だという。

「いろいろ悩んでいたとき、他大学で行われていた香りの出るテレビの研究を知ったのですが、実用化にはほど遠い状態に衝撃を受けたのを覚えています。それと同時に、頭の中に蘇ったのが、1980年、韓国でカラーTV放送が始まったときに母がつぶやいた“色がつくなら、いつかテレビから香りが出る時代がくるかも”という言葉でした。あれから30年以上経っても、画面から香りを出す技術は未だ完成されていない・・・誰も成し得ていないならば、自分がやるべきテーマはこれだ!と確信しましたね」。

しかし、嗅覚ディスプレイは学会のテーマとして取り上げられてはいたものの、学問としては体系だったものはなく指導教員も皆無。「本当に将来につながる研究なのか?」と疑問視する声さえもあったと、当時を振り返る。

独学で地道な研究を続ける金氏に、大きな転機を与えてくれたのは学会での研究発表。嗅覚ディスプレイの技術は予想以上の反響を呼び、博士課程を修了した2009年には国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) に招かれ、本格的にハードウェアの開発の取り組むこととなった。

 

多くの人とのつながりが心強い支えとなり、ビジネスチャンスを生み出してくれた

NICTに入職し、初年度には『アロマシューター』の原型を完成させた金氏。その後バージョンアップを重ね、確かな手応えを得て2012年に株式会社アロマジョインを設立した。ところが、意に反して「最初はほとんど反応を得られなかった」と話す。

「実は、会社設立の直前にも学会で発表しており、大手ゼネコンから早くも購入予約をいただくほか、さまざまな業界からお問い合わせをいただいていたのです。ところが、いざ事業をスタートしてみるとほとんど売れなくて、ビジネスに対する自分の甘さを痛感しましたね」と苦笑いする。 それまでの金氏は技術者として、ひたすら研究と開発に取り組み大きな成果を挙げてきた。しかし、ビジネスマンとしては経験もノウハウもゼロ。見込みのあるマーケットに積極的にアプローチをかけるでもなく、ただ待っている状態だったと金氏は言う。

そうした状況を変えるべく、まずはより多くの人に存在を認知してもらうことが重要だと考え、2016年、アジア最大級の規模を誇るIT技術とエレクトロニクスの国際展示会「CEATEC JAPAN」に、モバイルサイズに小型化したネックレスタイプのデモ機を出展。香り文化の先進国である欧米からの反響が大きく、米国のIoT関係のジャーナリストで構成される「米国メディアパネル・イノベーションアワード」で見事受賞。そのことが追い風となり、国内外の企業から多くの問い合わせが殺到した。

さらに、2017年にはOIHが主催するシード期~スタートアップ期のベンチャー企業をサポートする「OIH Seed Acceleration Program(OSAP)」の第三期プログラムに参加。 「資金調達やメンターからのアドバイスはもちろん、たくさんの起業家と出会えたことが一番の収穫でしたね。同じ苦労や孤独を分かち合える仲間の存在は、ときに励みになり、刺激になり、自分を支えてくれる大きな力になったと思います」。

自ら動き、多くの人とつながっていくことで突破口を開いた金氏。『アロマシューター』は各方面で認知され、さまざまな事業が今、本格的に動き始めている。

 

いつの日か、一人一台持つ時代に。目標は香りコミュニケーションで創る豊かな世界

現在、多数のプロジェクトが動いているアロマジョイン。2018年7月からスタートした、凸版印刷との提携で行う『アロマシューター』を使った空間演出ソリューション事業では、店頭プロモーションやエンターテインメント、宿泊施設での睡眠サポートなど、多様な展開を見込んでいる。11月からは大丸梅田店にて、香水12点を体験できるアロマサイネージが始動。また、韓国サムスングループのサムスンベンチャー投資と三井住友海上キャピタルを引受先とする資金調達を実施し、装置の量産やさらなる研究開発を行う予定だ。『アロマシューター』は6つの香りカートリッジを収納できる、コンパクトな六角形の装置。現在開発中の、ペンダントのように身に付けモバイル性を高めた『アロマシューター ミニ』が完成すれば、さらに用途は広がっていくだろう。

「我々がめざすのは、スマートフォンのように『アロマシューター』をパーソナルデバイスとして一人一台持つ時代を切り拓いていくこと。そして、最終的には香りのコミュニケーションで、世界をより豊かに変えていきたいですね」。

将来を不安視された学生時代、世界初の試みでリスクが懸念された事業の立ち上げ――

決して平坦ではなかった道のりだが、金氏は明るく笑ってこう話す。 「すでにマーケットが確立し将来の予測が立てられる事業であっても、攻めていくには絶対にリスクは伴います。同じリスクがあるならば、世の中にないものに挑戦したい。すでに誰かがやっていることを後追いするのではなく、自分にしかできないことを追求するから面白い。マーケットがないならば、自分自身で創ればいいんです」。 純粋なまでの前向きさ、ひたむきさこそが、金氏を動かす原動力となってきた。そしてその力は、確かな未来へとつながっているのだ。

 

取材日:2018年11月12日
(取材・文:山下 満子)

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