fbpx
JP | EN

起業家ライブラリ

須貝 翼 氏

企業の参入ハードルを下げる植物工場で、日本の農業を成長産業に

須貝 翼 氏

代表取締役社長
会社名スパイスキューブ株式会社
ウェブサイトhttps://www.spicecube.biz/
事業内容・資材の供給や専門人材の派遣を通じた植物工場事業への参入支援
・農業への新規参入を検討する企業に向けた、事業検証用装置としての農業装置の設計開発

自然環境に左右されない植物工場で農業の危機に挑む

農林水産省の統計によると、農業を主な仕事とする基幹的農業従事者の数は一貫して減少傾向にあり、2022年には約123万人(※1)と、この10年あまりで半減している。さらに、その約7割が65歳以上で、年々高まる高齢化率も深刻だ。

一方で1960年代には70%を超えていた日本の食料自給率(カロリーベース)は、現在40%(※2)を下回っている。海外に目を向ければ、人口増加による食糧不足、紛争や新型コロナウイルス感染症に伴う物流の停滞など、輸入に大きく依存する日本の食糧事情を脅かすリスクは後を絶たないのが現状だ。

スパイスキューブ株式会社

この状況に「植物工場」で風穴を開けようと奮闘しているのが、スパイスキューブ株式会社(以下、スパイスキューブ)だ。「日本企業の99%を占める中小企業をもっと農業に巻き込むことで業界を発展させる」そんなビジョンのもと、植物工場を低コストで事業化するための支援や資材開発、専門人材の派遣などを手がけている。

「植物工場を新規事業として始めようとすると莫大な初期投資が必要で、大企業にしかできませんでした。その状況を変えたかったんです」と語るのは代表の須貝氏。自らを「農業オタク」と呼ぶほど、野菜の生育に心血を注いできた情熱家だ。

「小さなスペースにも導入できる植物工場の設備があれば、参入のハードルは下がります。そのため、社屋の空き部屋でも植物工場を始められる設備とノウハウを提供しています」

植物工場は農地の開発が不要で、土質や気候にも左右されないため、極端にいえば「どこでも」始められる。風雨の影響を受けず、温度や湿度、CO2濃度も管理されているため、マニュアルどおりに育てれば生育不良などのリスクもゼロに近い。さらには害虫・害獣の被害もないため無農薬で栽培でき、収穫した野菜は洗わなくても食べられるほど衛生的だ。

スパイスキューブ株式会社

「一度購入していただいければ、飲食店や食品工場がこの品質を認めてくださり、多くがリピーターになってくれます。従来の農産物の流通と異なり、価格も自分たちで決められるため収益も安定するんです。この形態が広がって『農業=収益事業』という認知が広がれば、産業としてもっと発展するのではないかと考えています」

出典:
※1 農林水産省「農業労働力に関する統計
※2 農林水産省令和3年度「日本の食料自給率

シイタケ栽培で農業に魅了され、トマト栽培で課題を痛感する

須貝氏が農業に関心を抱いたのは20代半ばのこと。友人の結婚式で隣の席に座っていた男性と仲良くなり、その人の誘いで林業ボランティアに参加したことに端を発する。活動の中で、余った木材を使って原木シイタケを栽培することになり、その味に感銘を受けたという。このときの「自分で作ったものが一番おいしい」という感動が、須貝氏を農業へ傾倒させるきっかけとなった。

当時、電設資材を製造・販売する会社に勤めていた須貝氏は、仕事の傍らで農業への情熱を沸々と高めていた。そして、林業ボランティアを3年ほど続けた後、鳥取県の地域活性化プロジェクトの一環でトマト農家に弟子入りするプログラムに参加。毎年夏に長期休暇を取って鳥取のブランドトマトの栽培を手伝っていたという。

スパイスキューブ株式会社

「年配の農家の方から栽培方法を教わるのですが、教え方がエモーショナルなんです。“ちゃんとトマトの声を聞いてるか?”って。聞こえるわけないと思いながらも、“はい、今は水を欲しがっているみたいです”と適当に答えていました(笑)」

このとき抱いたアナログな指導法への疑問は、後のスパイスキューブの事業化にあたって重要な役割を果たすことになる。また、農産物の値決めに対する疑問を抱いたのもこの頃だ。
どれだけ丹精込めて育てた野菜でも、結局は決まった価格で買い取られる商習慣に対し、「農家が自分で値段を決めて安定した収益を出せる農業を模索したい」という想いが生まれた。

新規事業での失敗を糧に、起業へ向けて奮闘する日々

会社員として勤務しながら農業への情熱を燃やしていた須貝氏に転機が訪れたのは2015年。当時、社内で新規事業開発を担当していた須貝氏は、着々と構想を練っていた植物工場への参入を提案する。徹夜で書き上げた事業計画書が見事に採用され、自身の夢を叶えつつ、会社も成長させる絶好のチャンスが訪れた。

「計画では初年度に売上1億5,000万円、営業利益5,000万円、という楽観的な展望を描いていました。しかし、ふたを開けてみると4,000万円の赤字。初期投資に3億円かけていたこともあって会社に合わせる顔がありませんでした」

工場の稼働に問題はなく、野菜の品質が悪かったわけでもない。葉物野菜の市場は年間で1兆円以上あり、そのうち植物工場で生産されるものは100億円にも満たなかったため、市場拡大の余地も十分にあった。では何を間違えたのか―――――

スパイスキューブ株式会社

「間違えたのは売り方です。いくら衛生的で品質が良くても、従来の農産物の流通に乗せようとしたところ“見た目が同じものは同じ値段でしか買わない”と勝手に値決めされてしまいました。普通の野菜よりも高値で売れる想定の計画だったため、そこが根底から崩れてしまったんです」

失意の中にありながらも、須貝氏は失敗の原因を冷静に見つめていた。原因は大きく2つ。ひとつは過大なイニシャルコスト。もうひとつは閉鎖的なマーケットへの対応不足だ。

「この2つをクリアすれば、植物工場は収益化できる」という可能性を見出し、そこから起業に向けて動き出した。大阪産業創造館の起業支援プログラム「立志庵」に参加し、会社の就業時間の前後を利用して起業準備を進める日々。始発で通って終電で帰る生活は半年間も続いたという。

また、LEDをはじめ植物工場に必要な設備についても、自宅の6畳の部屋で1人こつこつと研究開発を進めた。勤務先がものづくりの会社だったこともあり、図面作成や製造技術に関する知見を持っていたことが功を奏した。

競争ではなくノウハウの共有で農業界全体の活性化をめざす

2018年、須貝氏は前職の退職金を資本金としてスパイスキューブを設立し、自社栽培の野菜の販路開拓を進めた。このとき目を付けたのが、食品工場と飲食店だ。小売店への流通では希望する価格で売れないことを前職で思い知らされていたため、高品質の野菜への需要がある食品工場と飲食店に直接販売する道を選んだ。すると工場野菜の価値を理解してくれる人は、相応の対価で買ってくれることがわかった。

栽培する野菜の品種は、一般的には手に入りにくい希少なものが中心だ。

「最初は育てやすいレタスを中心に栽培していましたが、販路が広がる中で『こんな野菜がほしい』という要望が増えてきました。それらを集約した結果、現在は売れ筋の野菜10種類ほどに注力しています」

スパイスキューブ株式会社

海外の珍しい野菜で、しかも国産という付加価値があれば、価格競争に巻き込まれる心配も少ないといえるだろう。

現在、野菜の生産と販売は子会社のデリファーム株式会社へ移転し、スパイスキューブは企業を対象とした植物工場事業への参入支援に特化している。最近は新型コロナウイルス感染症による宴会の自粛を受けて、ホテルが大広間を活用して参入するケースもあるという。着実に農業参入の裾野を広げている同社だが、その背景には緻密なサービス設計も見て取れる。

「設立直後でまだ売上が立たない中、1年かけて栽培のマニュアルを作りました。かつて、トマト栽培で受けたエモーショナルな指導への疑問から、ちゃんとデータで定量的に示したマニュアルを作りたかったんです。これがあれば農業経験がない企業も安心して参入できます」

しかし、このビジネスモデルにはノウハウの流出や模倣というリスクが付きまとう。そこに対する懸念はないのだろうか。

スパイスキューブ株式会社

「全然、気にしていません。弊社は農業全体を活性化したいので、知的財産権を取るつもりもないし、技術が模倣されても構いません。農業は本当に追い込まれている産業なので、一人でも多くの人を巻き込んで盛り上げていかないといけません。技術を独占したり競争したりしている場合ではないんです」

「2025年の大阪・関西万博では、野菜工場のトンネルを展示する」という目標を掲げ、現在その実現に向けて奔走している須貝氏。展示を通じて植物工場や農業への関心を高めるのが狙いだ。

「歴史を振り返ると、一次産業をおろそかにしている国は衰退する。だから、自分が生きている間に、日本の農業を何とかしたいんです」

最後に須貝氏は、今後について熱い決意を語った。

取材日:2022年10月28日
(取材・文 福井 英明)

一覧ページへ戻る

BACK